もう一度聞いて
別れが突然訪れるものだとしたら、また出会いと云うのも然り。これまた突然訪れるものである。
しかし、今回ばかりはクラウドも驚いたように瞳を見開き、玄関のドアに片手を置いたまま硬直した。
今にも零れ落ちそうな程に大きく開かれた瞳は、魔胱独特のメタリックな蒼。それが鏡のように光、煌めき、クラウドの瞳の奥で像を結んだのと同じ人物を映し出している。
長めの黒髪に、同じ魔胱の、けれどクラウドよりもっと深く濃い蒼色の瞳。強い意志を感じさせるそれに、愕然とした面持ちで立ち竦む己の姿が映っていた。
それにすら、酷く胸が騒ぐ。
同じ顔をした別人だろうかとか、夢でも見て居るのだろうかとか思うものの、頭が上手く働かない。けれど、最後に見た時よりも落ち着いた雰囲気を纏うその姿は歳相応に思えた。
互いの瞳に、どのぐらい互いの姿を映しあった頃だろう。それはほんの一瞬かも知れなかったけれど、酷く長い時間にも感じられて。視線の先でゆっくりと笑み動く唇を捉えたクラウドは一つ瞬いた。
「よぉ、久しぶり。元気、してたか?」
耳朶を撫ぜた声は、あの時のまま。まるで遠征から一ヶ月振りに帰ってきたような、懐かしい口調で甘く耳朶を擽る。
一息に、まだ神羅のソルジャーと一般兵だったあの頃に記憶が引き戻された。
そう、コイツは何時もこんなだ。
出て行く時も、まるで近所に買い物にでも行くような笑顔で手を振って行ってくると云った。
帰ってくるのは大体が一ヶ月以上経ってから。長い時は半年だとかの音信不通の後にひょっこりと姿を現し、それなのにまるで今さっきの買い物から帰ってきたような笑顔で宣うのだ。
――よぉ、久しぶり。元気、してたか?
そうして、自分は何時もなんと返していただろうと思う。元気だよと返していたのか、寂しかったと返していたのか。相手の言葉は覚えているのに、自分がどうして居たのかは不思議と思い出せないもので。
「幽霊?」
震える吐息に細く呟けば、頭一つ高い位置にあるメタリックブルーの瞳が可笑しそうに細まった。
「ばーか、んな訳ねぇだろ。こんな男前の幽霊が居て堪るかよ」
甘い甘いテノールが、じわじわと鼓膜から背筋を通りの脳髄を侵し、どうしようもなく胸を締め付けられる感覚が甦る。もう忘れたと思っていた筈のそれは、真綿に包まれるように甘い感覚をクラウドに齎した。
「ザックス」
「おう」
「ザックス」
「何だよ、クラウド」
「デリカシーの無い帰宅の仕方すんなって云ってんだろ」
「……お前、それが焦がれた恋人様に対する対応なのか」
「どっちがだよ」
可愛くない、とか口の中でぶつぶつと呟くも、自分を見下ろす瞳は不思議なぐらいに優しく、其処に映る自分はあの頃より随分と大人びて見えた。
何度後悔しただろう。
ザックスを盾として生き延びて仕舞ったこの命。
最後に交わした言葉。
置き去りにした愛しい骸。
他にも、沢山。色々な事を後悔してクラウドは生きて来た。その後悔の念が、クラウドの記憶をザックスのそれと混同させていたのだと今は思っている。
ザックスと死に別れてから、色々な事が有った。色々な事が有ったけれど、今程どうしようもなく甘い驚きを齎したものは初めてだ。
指が伸ばされるのを、視線で追う。
昔のように自分の前に姿を現しても、昔のように直ぐその腕の中に抱き締めなかったのは彼なりの遠慮だったのか。――例えば、そう。クラウドの心変わりだとかを思っての。
廻される腕があの頃と変わらずに暖かくて、立ち竦んだままのクラウドの身体が小さく歓喜に震えた。焦がれた腕を拒む事など、思い付く筈も無い。
「ザックス」
「ん?」
「も、一度聞いて……?」
俺に。
もう一度聞いて、何時もみたいに。
久しぶり、って云うあの行。
今度は間違えず、合言葉みたいに何時もの言葉を俺も紡ぐから。
もう一度、そう強請りながらクラウドは拾い背中に腕を廻した。
2006.09.22
Title by: http://cherrydrop.nobody.jp/ 「もう一度、で5のお題」