もう一度見て
魔胱中毒でありながらも、ぼんやりとした意識はあった。
弾丸の音、飛び散る鮮血。それが頬に当たった時の、あの生暖かい感触すらも覚えている。
最期まで自分を慮ってくれた、恋人の声。
全部、全部、全部、全部。
どうして忘れることが出来るだろう。まだ、こんなにも愛しているのに。
出逢った時からザックスはソルジャーで、あの独特の魔胱の光を帯びた瞳で笑った。
その瞳に見える自分はまるでビー球に映った子供のような顔をしていて、ザックスから見るとはこんな顔をしているのだろうかと思った。歳の割りに幼い、女子供のようにひ弱そうな。
仲間内で茶化されることは良くあった。クラウドは元々母親似の女顔であったし、身体の線も細く一見性別を見紛う人間も居た。
それでも、ザックスだけは何時もクラウドを冷やかしの対象としてではなく、同じ軍に所属する人間として認識してくれていて、ザックスと居る時はクラウドも神羅の兵士で居られる気がした。
そうして彼の、そんなさりげない部分に惹かれた。
男などとは絶対に寝るものか。誰が男などと、と思っていたクラウドは何時の間にかザックスの腕の中で眠るのが日常となり、最初からそれが当たり前だったように一偏の不快感すら感じたことが無かった。
不思議だった。
ザックスという男の魅力なのか、それとも元々クラウドにその素質があったのかは解らないが、同性の恋人には違和感も嫌悪感もなく、ただ愛おしさだけが其処に存在していた。
ある夜の逢瀬、ベッドの中で自分を見つめてくる魔胱の瞳は相も変わらず不思議な色合いを帯びていて、そこに映る自分ははしたなくも劣情に溺れた顔をしていた。自分にもこんな顔が出来るのかという驚きと、何よりも恥かしさが生まれて、その夜は何時もよりも激しく乱れた。
魔胱の瞳は、何時もその時の真実のクラウドの姿を映し出していた。
まるで、鏡のようだと思った。
視線の先にザックスが居る。
血溜まりに倒れ、身体の一部が欠損しているのはライフルに撃たれたからか。
また、魔胱の瞳が自分を見ていた。あの不思議な色合いの、蒼い瞳で。
その瞳に映る自分は、ぼんやりと感情が欠落したマリオネットのように地面に投げ出され、声の一つすら漏らすことが出来ない。
心の中で、ザックス、と何度も彼の名前を呼んだ。
それが聞こえたのか、ザックスはクラウドを見ると微かに微笑み、アイシテルと唇の形だけで呟いた。
壊れ、人形と化した肉体の代わりに、心の涙腺が緩んで心臓が酷く痛んだ。
次第に、彼の瞳から光が失われていくのが解る。
何時も鏡のようにクラウドを映していた、ザックスのソルジャーたる証。
その光が失われたら、己の存在意義すらも消滅するような錯覚を覚えた。
ザックスが死ねば、肉体の問題ではなく、クラウドも死ぬのだ。
心が。
心が、軋むように痛んだ。ザックスの受けた傷の痛みが伝わってくるように、痛くて痛くて叫びたかった。
キエナイデ。
その光は特別なもの。
クラウドが大好きだった、優しいザックスの瞳。
不思議な色合いで何時も真実を映し出していた魔法の鏡。
その光がゆっくりと失われ、無機質な黒いそれに変わった瞬間、クラウドの心も静かに果てた。
もう一度。
もう一度、その瞳で俺を見て。
2006.09.22
Title by: http://cherrydrop.nobody.jp/ 「もう一度、で5のお題」