SCAR
「……クルガン?」
柔らかな振動を伝えたスプリングに、うっすらと瞳を開くと立ち上がったクルガンの背中が目に入って、シードは無意識にその名を唇に載せる。
窓の外はまだ暗く、夜明けまでにはまだ時間があるコトを、高く昇ったままの月が静かに物語っていた。
「起こしたか?」
普段の彼からは、到底想像できないような酷く淡い声音でクルガンは云い、そっと堆朱の髪を掻き揚げてやるとシードがまるで猫のように飴色の瞳を細め、小さく喉を鳴らした。
「寝ねぇの?」
そっと自分に触れる体温が心地よく、うっとりと瞳を閉じたまま問うと、小さな軋みを立ててクルガンの体重を受けたスプリングが沈む。
その柔らかな振動さえ今は揺り籠のように、シードの意識をゆっくり眠りへと誘うようで。
「シャワーを浴びようと思ったのだが」
「こんな時間にかよ?」
「こんな時間に、眠っているお前に欲情する訳にもゆくまい?」
「……恥ずかしい奴」
眠っている自分に欲情したのだと、そんな告白にシードはクスクスと笑い、その時漸く気付いたとでも云うように、僅かに眉を顰めて寝台に腰掛けるクルガンの背中に残された引っ掻き傷に指を伸ばした。
「これ……」
明らかに爪の跡であるその傷は、昨夜までなかったもので。
「あぁ、どこぞやの猫に爪を立てられた」
くつくつと喉を鳴らして微笑うクルガンに、それはお前がつけた傷だと暗に云われて、シードは興味深げにその部分に指を這わす。
「痛むか?」
「いや」
僅かに浮き上がったその傷は、余程の力で付けられたものなのだろう。
それは、まるで先ほどまでの情交の激しさを物語るモノのようで、その傷に指を這わす度に自分の体の奥深くで静まった筈の熱が、またゆっくりと高まっていくの感じてシードは小さく苦笑する。
気が付いた時にはそこに唇を寄せて、まるでクルガンを誘うように傷口に舌を這わせていた。
「……シード?」
苦笑を含んだ声が、どうしたモノかとその名を呼ぶ。
「……なぁ、しようぜ?」
挑発するような視線でクルガンの顔を見上げて、シードが艶やかに微笑んでみせると、何時もは冷たい蒼を湛えるその瞳が僅かに細められる。
「眠るのではないのか?」
そう云いながらもシードの身体を寝台へと沈め、クルガンは柔らかな唇を奪い啄むような接吻を贈る。
触れるだけの口付けは、自然と相手を求める口付けへと変わり。
舌を絡め、合わせられた舌先からお互いの体温が溶け合うその瞬間が酷く心地良いと、そんなコトを思ったのはどちらであったか。
名残惜しげに唇が離れると、熱い吐息を零してシードが笑いながらクルガンの背中に腕を廻して、先程自分が唇を這わしていた傷はこう出来たのかとばかりに爪を立てた。
そんなシードに僅かに眉を顰め、困った猫だと云う風にクルガンは背中に廻された腕を解かせるとシーツへと縫い止めて、その存外に細い首筋へと唇を落とす。
まずは親愛の情を示すような柔らかな口付けを。それから、己の独占欲の強さを示すような濃い所有印を残して、この身体は自分の物だと、誰にとも無くそう主張する。
「……クルガン……っ」
乱れ始めた吐息の合間に自分を抱く者の名を織り交ぜて、シードが睫毛を震わせる。そんな、猥らに変わっていく瞬間の表情が一番美しいと、クルガンは声には出さず心の内で甘く囁いて。
何時からこんなにも心奪われてしまったのかと、そんな事を考えながらより深く、互いを求めるようなキスをする。
「シード」
自らの腕の中で乱れていく愛しい者の名を刻み、洩らされる甘い吐息に満たされる、そんな至福。
しなやかな肢体を覆う白いシーツを引き剥がして、剣よりもペンを握る事の方が多いその整った指先が慈しむように素肌をなぞる、その感触。
縋るように伸ばした腕を、何を思ったのかそのままクルガンの胸元へと這わせ、そこが自分と同じだけの速さで鼓動を刻んでいるという安堵感にシードは笑った。
そのシードの表情がひどくあどけなくて、クルガンも釣られたように小さな笑みを唇に乗せる。
当たり前の事が、当たり前ではなく。何気ない事が、何よりも大切だと気付いたのは何時だったか。
そんなことを考えながら、つい一刻ほど前まで自分を受け入れていた其処を確かめるように、クルガンはそっと長い指を忍び込ませた。
「……っん……ぁ……」
何度を受け入れようと、慣れる事の無い異物感にシードは悩ましげに眉を顰め、それでもより近くクルガンを感じようと無意識のうちに腰を持ち上げる。
先刻自らが放ったモノが、まだ十分な潤いを与えている事を確認すると、クルガンはゆっくりとシードに身体を重ねた。
「……っ……はぁ……好きだぜ、クルガン……」
心まで犯すその快感に息を乱しながら、それでもシードは唇を動かし言葉を紡いで。
「知っている」
激しく求める子供のような情交ではなく、ただ朝凪を眺むような静かな交わりが、隠せる筈も無い互いの気持ちをより克明に伝え合う。
「……愛している」
この時ばかりは惜しむことなく与えられるその言葉に、満足げにシードは微笑んで、繰り返される律動に素直に身を投じ、口付けを誘うように瞳を閉じる。
そんなシードに、クルガンは慈しみ与えるようなキスをして。
そうして朝、鏡を見たクルガンは、増えた傷に苦笑いを零し、まだ眠ったままのシードを起こさぬように部屋を出るのだ。
2000.11.01