それもまた愛のかたち 1



 ある日ドアを開けたら、そこに子猫が一匹捨てられていた。
 雨がザァザァと降り止まず、ドアを開けた玄関の中までしぶきが飛ぶようなそんな天気だから、捨てられた猫も勿論びしょ濡れだ。
 何故マンションの自分の部屋の前に、と思いながらも、箱に入れられていないところを見ると自分で迷い込んできたらしい。ならば迷い猫と言った方が正しいか。
「ニャア」
 まだ大人になりきっていない頼りない仕草でその猫が鳴き、思わずかち合った視線に私はにへらと締まり無く笑ってしまう。
 ああ、困った。
 そんな目で見られたら、此処でまた扉を閉めるわけに行かなくなってしまうではないか。
「なんや、うちの子になりたいんか?」
 素足にサンダルを引っ掛け、雨の吹き込む玄関でしゃがみ込むようにして首を傾げると、だから此処に居るんだろうとばかりにまた「ニャア」と子猫が一つ鳴いて。
「おまえ、生意気そうやなぁ」
 寒さに震えているくせに、じっとこちらの目を見返してくるその様子に思わずまた笑いが漏れる。
 ウリ達と遊ぶ度に、猫と一緒の暮らしを少々羨ましく思っていたのだ。
 生き物の途中放棄なんて言うのは無論絶対にしてはいけないけれど、解らないことがあれば火村に聞けばいい。
「うちの子になるんやったら、まず風呂やな」
 そこまで考えてから私は子猫に腕を差し出し、雨に濡れ灰色に汚れたそいつをそっと抱き上げた。



「…パンダみたいな猫やねんな、お前」
 洗い終わり、すっかりしょげてしまった毛を乾かして遣りながら思わず私は呟いた。
 さっきまで雨と泥で灰色に汚れていた子猫は、洗ってやるとふかふかの白い毛に足先と胸元だけが墨に浸したかのように真っ黒の斑を持っており、それがダルメシアンというよりも出来損ないのパンダといった風貌で笑いを誘う。
「フニャ」
 少々荒っぽい拭い方をしてしまったのか、不満を訴えるような鳴き声にごめんごめんと謝りながら湿った毛を拭い、我が物顔で私の膝の上によじ登ってきた子猫の鼻先をつんつんと指で突っついてやった。
「態度のデカイやっちゃな、ホンマに」
 そのまま膝の上に丸まってしまった子猫の様子が、何時も我が物顔で人に膝枕をさせるどこぞやの助教授を彷彿とさせて僅かに微苦笑する。
 どうやら私はこの手のタイプに弱いらしい。
 そういえば火村との関係も、なんだか当たり前の事のように始まっていたなぁなどと思い出し、そこではたと子猫を拭っていた手の動きを止めた。
「あぁーっ!」
 不意に気付いて思わず叫び、私の声に驚いたのだろう子猫が膝の上から転げ落ちる。それを抱き上げながらまじまじと子猫の顔を覗き込み、思わずぷっと吹き出した。
「英生やん」
 くくっと喉で笑う私をきょとんと見返してくる子猫に、英生英生と歌うように繰り返しながらキスを送る。
 ああ、何故もっと早く気付かなかったのだろう。
 この猫のこの配色。出来損ないののパンダを連想させるそれは、まさに火村がよく着ている白いスーツとカラーシャツ。
 なんだかそう意識し始めたらそうとしか見えなくなり、私は猫を抱えたまま馬鹿みたいに笑い続ける。
「あぁ、並べて見たいなぁ」
 奇観だろうとその様子を想像しながら、また可笑しくなってくぐもった笑いを漏らすと、私のその様子が気持ち悪くなったのか猫が逃れようと腕の中で身じろいだ。
 その子猫を大人しく開放してやりながら、私は上機嫌にまた笑いを漏らして。
「お前は今日から英生やな」
 そうして子猫の名前はアッサリと決定したのである。





2004.05.03