キミノタメ



  まだ冷めぬ余韻に時折熱の篭った吐息を漏らし、ゴロリとシーツの上で寝返りを一つ。
 鼻先を掠めた嗅ぎ慣れたキャメルに気付いて顔を上げると、火村がすかした顔で一服していた。
 先刻は快感に顔を歪めていたくせに、今は呼吸を乱しても居なければ澄ました顔で咥えたキャメルをゆらゆらと揺らしている。
 黙ってすかしてればイイ男なのにな、などと考えながらシーツに頭を預けてぼんやりと横顔を見上げていると、視線に気付いた火村と目が合った。
「なに見蕩れてるんだよ、センセ?」
 にやりと笑って火村が揶揄うように瞳を眇め、その様子がなんだか面白くなくて私は指を伸ばし唇に挟まれていた煙草を攫う。
「別に見蕩れてへんわ。君の顔なんて見飽きてんのや、俺は」
「嘘つけ」
「嘘違うわ、ボケ」
 ケッ、と悪態をつきながら取り上げた煙草を吹かし、口の中に広がった苦い煙は火村の味がした。
 そんな私の考えを知ってか知らずかまた火村が微かに笑い、新しいキャメルを一本引き抜いて火を点ける。
 天井に上る煙が二本、緩く絡んで緩々と天井に上り、ふっと霧散して消えるその様子をぼんやりと眺め、そういえばと以前から疑問に思っていたことを口にする。
「なぁ、君はずっと標準語のままやね。東京からこっちに来た知り合い、今じゃみんな標準語忘れてもうたのに」
 君だけは昔のままやね、と小さく笑って首を傾げると、「まあな」と火村が灰皿を二人の間に置きながら呟いた。
「俺が、嘘言わんといてくださいよ、とか言ったら気色悪かろう。それにお前が困るしな」
「は?なんで俺が困る?」
 長くなった煙草の灰を落としながら聞き返すと、まだ大して短くなっていないそれを灰皿へと押し付けた火村が、また人の悪い笑みを浮かべる。お前、本当に何時も人相悪いのな。
「俺からの電話、俺からだって解らなくなるだろ、お前は」
 それはつまり、頻繁に電話が掛かってくる標準語は火村と私の担当だけだと言いたいのだろうか。確かに担当の片桐は律儀に毎度名乗ってくれるし、出た瞬間に会話を始める無作法者は火村ぐらいのものだ。
 けれどしかし。
「アホ言え。言葉で君を判断してるん違うわ、俺は君の声ぐら…ん…」
 君の声ぐらいちゃんと覚えてる、と返し掛けた言葉は火村の唇に奪われ、指に挟んでいた煙草も攫われ灰皿に押し付けられる。
 薄っすらと瞳を上げて間近な顔を見返すと、馬鹿、とでも言うように火村の黒い切れ長の瞳は揶揄いの色を浮かべ、私を写していた。
 ああ、もう。この根性悪は。
 キスが終わったら文句を言ってやろうとそんなことを思いながらも、それを実行できたことが過去何度有った事だろう。
 今回もきっと、漏れなく前回と同じ道を辿るのだ。

―――ああ、そういえば今日コイツの誕生日だった。

 そんなことを思い出しながら、私はゆっくりと瞳を伏せた。




2004.04.15