誇大妄想
カサカサとビニール袋の掠れる音を立てながら、六太はのんびりとした足取りで回廊を歩く。
分かれ道無く一本に続くこの長い回廊が辿りつく場所は一つ。辿りついた扉を叩くことなく、それを押し開けると六太は部屋へと足を踏み入れた。
「ただいまー」
広い部屋の中に、思いのほか声は大きく響く。それに気付いたように卓に広げた紙の上へと筆を走らせていた部屋の主が顔を上げ、視線が開けられた扉へと流されて。
「遅かったな?何ぞ土産は買ってきたか?」
問われた言葉にスーパーのビニール袋をゆらゆらと揺らして見せ、六太は一つ頷きを返した。
そのまま長椅子の上へと腰を下ろし、手にしていた袋を隣へと下ろす。ガサガサと音を立てながら中を漁り、取り出すのは一房のバナナ。微かに甘ったるい匂いを漂わすそれを一本引き千切り、皮を剥き始めたところで隣へと腰を下ろした尚隆へと六太は顔を向けた。
「バナナ、食う?」
「いや、良い」
小さく首を傾けて空いた手で房ごとバナナを取り上げてやろうとすると、その前に制止の声が耳に入る。食べないのかと一つ頷きを返した六太が、皮を剥き終えたところで不意に手首を取られて。
「あ、ちょっと……尚隆!」
バナナを持った手を両手で押さえ込むようにされ、不服げに顔を睨み返した六太は、しかし次の瞬間赤面することとなる。
伸ばされた舌先が根元からゆっくりと果実の形をなぞり辿り、薄く開かれた唇から覗く白い歯列が酷く艶かしかった。
知らずコクリと喉を鳴らした六太の様子を楽しむように、尖らせた舌先で何時もしてやるようにそれを舐め上げ、先端の尖った部分を擽るように舌先を動かしながら尚隆は揶揄うように瞳を眇めて。ねっとりと舌を這わせたまま、ゆっくりと口腔へと迎え入れるとわざと小さく音を立てて吸い上げて見せる。
「…………」
果肉を包み込んだ唇を愛撫するように上下させ、それを見て微かに唾を飲んだ六太に気付くと尚隆が意地悪く笑いを零した。そのまま添えていた手を片方離すと、無防備になっていた股間へと指を伸ばす。
「―――っぁ……」
前触れ無く触れられて思わず上ずった声を零し、そんな己に気付いた六太が我に返ったように尚隆の咥えていたバナナを勢いよく突き入れて。
「…………」
押しつけられたそれが潰れて唇にこびり付き、嫌そうに尚隆は嫌そうに眉を寄せた。
「何処触ってんだよ、馬鹿尚隆!!」
持っていたバナナを尚隆の手へと押し付けるようにすると、六太は頬に朱を乗せたまま顔を睨み返す。しかしそれに動じた様子無くこびり付いた果肉を指で拭うと、それを舐め取りながら尚隆は小さく肩を竦めて笑って。
機嫌の悪い台輔と偶々鉢合わせ、押し付けられた袋の中に入っていた黒く変色したバナナに帷湍が首を傾げることになるのは、数日後の話である。
2002.10.19