惑溺



 誰になんと言われようと、変わらぬ事実。
 肌を重ね、同じ熱を共有し、溶け出しそうなほどに互いを求め合うこの瞬間が、きっと何よりも気持ち良いという事。
 心も身体も、ただ一人の手によって、自分ですら制御できないほどに乱される、その快感。
 慈悲深く清らかであると信じられている聖獣は、けれども何よりも猥らで独善的なのかも知れない。


 始まりは何時も何気なく訪れ、気付いた時には既に乱されてしまっているのが常。
 それは今日も変わりなく、上がり始めた吐息を押し殺しながら六太は僅かに潤んだ視線を天井へと彷徨わせた。
「……っん……」
 下肢へと埋められた頭に、髪が肌を擽るその感触にすら煽られる。触れられずして既に熱を孕み立ち上がった屹立を認めてか、微かに笑うような吐息が追い討ちを掛けるように肌をなぞった。
「……台輔、心地良げに涙をお流しか?」
 下卑た問いを揶揄うような囁きを落とされ、長く整った指先に張り詰めた屹立を捉えられると、先端の孔からトロリと新たな先走りが溢れ、伝う。
相変わらず素直な反応を返す身体に喉声で笑うと、尚隆はそっと舌先を伸ばしてそれを舐め取り、微かに濡れた音を立ててそこへと一つ口付けを落とした。
「……ぁ……っ」
 口を開けば喘ぎばかり。問いに答えるための言葉も持たず、ただ指先に触れる布を握り締めていた六太は触れた舌先の感触にひくりと華奢な身体を震わせて。
 成熟を待たずして成長を止めたその身体は、子供のままの柔肌と成長期特有の伸びやかな手足を残したまま、見目とは酷く不釣合いな深く快感を染み付かせた仕草で悦楽を強請る。
それが酷く美しいと、そっと瞳を眇めながら尚隆は視線だけを上げて喘ぎを刻む口元に視線を流した。
根元から裏筋を辿るようにして先端へと、ゆっくりと舌を這わせながらその都度艶かしく変わる表情を堪能する。
「っ、……は……ぁ……尚隆……」
 あえかな声が喘ぎに混ぜて己が名を呼ぶのを聞き、急かされたように舌を這わせていた屹立を口腔へと迎え入れると唇を使ってそれを締め付けて。
「…………ぁあッ……ン……ッ」
 それだけの刺激に背中を撓らせるようにして身体を跳ねさせ、六太は呆気なく尚隆の口の中で果てた。
 わざとコクリと喉を鳴らし、口腔へと迸らされた体液を嚥下する。それに気付いた六太が、目元を朱に染めたまま非難するような視線を向けてきて。それが堪らなく良いと、尚隆は思う。
 喘ぎも、痴態の一つ一つも、この麒麟は何もかも全て自分の物だと何処か嗜虐的な独占欲を擽られ、この時ばかりは王で在る事も悪くは無いと心中呟いて。
 そんな主の考えを知ってか知らずか、六太はそっと手を伸ばして下腹へと触れていた髪を一房掴むと己が方へと緩く引っ張った。
 口付けをせがむ代わりに軽く舌先で唇を舐めて見せると、小さく笑った尚隆が心得たとばかりに唇を重ねてくる。
 伸ばした舌をそのまま絡め取られ、濡れた音と共に吸い上げられると甘ったるい痺れが舌先から背中を伝い腰へと走り、片手で達したばかりの自身を柔々と揉み扱かれると再度熱硬く張り詰めたそこが蜜を零し始めた。
「……ふぅ……ん……」
 知らず鼻に掛かった甘ったるい喘ぎを零し、舌伝いに流し込まれる唾液を小さく喉を喘がせながら啜り上げるようにして嚥下する。
 この男の唾液も、吐息も、全てが自分の物だと主張するように貪欲に。今この時だけは、主は全て己の為に在るのだと意識の片隅で考えて。
 毛先を引いていた指をそのまま髪へと潜らせ、ぐいと引き寄せると口付けがより深いものに変わる、それも何時もの事。
 こんな行為を強請るのも、許すのも、唯一人だけなのだと教えるように、六太が片足を尚隆の腰へと巻きつけるようにして下肢を摺り寄せると、先走りに濡れた長い指が硬く張り詰めた屹立から離れて後ろへと廻された。
 舌を絡め擦り合わせる口元と、体液に汚れた指を差し入れられた部分から濡れた音が響き耳朶を犯し、其れさえもが今はこれ以上無いほどに心地良く二人の欲望を満たす。
 指先に当たるしこりを押し揉むようにして弄ると、指を締め付けるように熱い粘膜を収縮させて六太が甘やかな喘ぎを零し、それに気を良くしたように絡む内襞を振り解くようにして身体の中を掻き回し蹂躙する。
 絡め合わせ、その動きに応えていた筈の舌先が預けられたままになっていることに気付くと、尚隆は微かに笑ってそれを吸い上げた。
埋めていた指先を引き抜いて喘ぐばかりの身体を開かせると、そのままそそり立った自身の屹立を物欲しげにひくつくそこへと押し当てて。
「欲しいか六太?」
「……んぁ、……ゃ……っ」
 囁かれた言葉に六太が嫌がるように頭を振ると、耳へと柔らかく吐息が吹き掛けられた。
「欲しいと言え」
 低く囁かれた言葉に身体が震える。
 欲しいものなど一つしかないと知っているくせに意地の悪いことを言う主を見上げ、睨み見ると満足げな笑みが返ってきた。
 逆らえる筈が無い、心も身体も蕩かされ、今は何よりも溶け合うような快感が欲しいのだから。情動のみに突き動かされたように、意識するよりも先に喘ぎに乾いた唇が動く。
「……尚隆……っ……、早く……ぁあッ……」
 欲しい、と命じられた言葉を紡ぎ終える前に身体を熱い楔に割り開かれ、一息に深く押し入られると堰きとめられた呼吸に目尻が濡れた。
 満たされる充足感と、止め処なく溢れてくる快感に知らず六太が背中へと爪を立て、その痛みに尚隆が僅かに眉を潜める。
 労わってか、暫く動きを止めて小刻みな呼吸を繰り返す唇へと何度も軽いキスを落とし、尚隆は汗で額に張り付いた金糸をそっと掻き上げて。
「六太、まだ王を辞めてやる気はないからな。当分傍に居ろ」
 目尻に溜まった涙を舐め取りながら囁くと、驚いたように潤んだ瞳が見開かれ。それが笑むように細まり、返された頷きを認めると尚隆はゆっくりと律動を始める。
 喘ぎを刻む唇が、何事か紡ぐが言葉として伝わることはなく。ただ甘やかな喘ぎと水音、肌の触れ合う音だけが部屋に響く。
 快感に白んで行く意識の中で六太は主の名前を呼び、呼ばれる己の名を聞く前に快感に浚われた。
 ただ浮遊感にも似た臨界点と共に、耽溺出来る人生も悪くないと、そう思いながら。



2002.08.06